2006年03月14日
マレーシアゴルフ Part3
さてマレーシアゴルフの歴史の続きです。
20世紀に入るとマレーシアには英国人多く住み付き至る所にゴルフ場が出現したと聞いています。母国・英国の伝統がキャメロンハイランドなどの避暑地、ジョージタウン(ペナン島)やクアラルンプールにも息付いています。
‘90年代に入ってマラッカ・ランカウイ・コタキナバル(ボルネオ島)などに新しいリゾートコースが開場して現在では210コース、30万のゴルフ人口だそうです。
コースのほとんどが2人乗乗用カートのセルフプレーです。距離表示がオーストラリア・ニュージーランド同様、メートル表示で慣れないと混乱しますが、フェアウェイ乗入可能なコースも多く快適なラウンドが楽しめると思います。
一部のコースでは伝統的に幅の広い硬い葉のカウグラス(日本名:牛草)がフェアウェイ・グリーンに残っていますが、近年ではバーミューダグラスに変えているコースが増えています。
‘99年タイガー・オメーラのアメリカチームが23アンダーでぶっちぎり優勝したワールドカップ開催MINES RESORTS GOLF CLUB(R.T.ジョーンズJr.設計‘95年開場)やBORNEO GOLF&COUNTRY CLUB(J.ニクラス設計‘96年開場)のように日本でもめったにお目にかかれない上質なレイアウトと高速グリーンの美しいコースも誕生しています。
是非1度はマレーシアでゴルフプレイしてくださいね。
2006年03月08日
マレーシアゴルフ Part2
1957年にイギリスから独立したマレーシアは歴代の首相が49年間でたったの5人なんです。20年間に渡って強力なリーダーシップを発揮するマハティール元首相のもと、‘97年のアジア通貨危機もはね返し、2000年のGDP成長率は8.5%を記録しています。
マレーシアの人口は2,200万人、公用語は英語ながらこの国の人々のほとんどはバイリンガルです。多くの異なった人種・宗教の壁を乗り越えて、マレー語、中国語、タミール語など複数の言語を使い分けながら共存・繁栄している不思議な国です。
日本に対してもとても友好的で‘80年代初頭の「ルックイースト」政策によって人材育成・産業振興のために多くの留学生を日本に送り出し、相互理解を深めながら過去の不幸な関係も払拭されようとしているんです。
今回はちょっとゴルフから離れましたが次回はまたマレーシアゴルフの歴史について話しましょう。
10日には日本プロゴルフ選手権の予選会が房総カントリーであります。
結果をお楽しみに!!
2006年03月05日
マレーシアゴルフ(ロイヤルセランゴール) Part1
今日はマレーシアゴルフの歴史について話しましょう!
実はマレーシアのゴルフの歴史は日本よりも8年古いんです。首都クアラルンプールにあるロイヤルセランゴールGCの開場が1893年。

ロイヤルセランゴールGCはマレーシア経済のシンボル、ペトロナスツインタワー(452M)や一流ブランド店が入っているKLCCからわずか5分のところに113年の歴史が刻まれているんです。
タンザック通りから外門を抜けて森の中へと続くアプローチを進むと、ツタの葉に覆われた歴史を感じるクラブハウスが現われます。
中には至る所に記念カップや優勝ボードが並べられ、レストランに掲げられた巨大な木彫りのクラチャンボードは圧巻、まさにマレーシアゴルフの博物館ですね。
コースはオールドコースとニューコースの各18ホールとスレーメンと呼ばれる9ホールのパー3コースがあります。市内にあるためフラットで1プレーヤー、1キャディーもしくは手引きカートによるセルフプレーになります。
池やクリークがうまく配置されていて大きくせりだした大樹や左右にドッグレッグしたレイアウトとバンカーが、パーシモントとヒッコリーシャフト時代の優雅なゴルフを思い出させてくれます。
ロイヤルセランゴールはメンバー同伴のプレイのみでなかなか一般のお客さんがプレイする事は難しいみたいですがラウンド希望の方は是非ご連絡ください。
和佐コネクションを使いましょ!! ←←←大丈夫かな???




